老化という宿命

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  • 2013/05/07(火)
  • 老化という宿命

帰省した折々に高齢の両親の体力・気力・知力の衰えを目の当たりにするにつけ、なんだか悲しくて無常観を感じるのですが、そういう自分も○○歳を過ぎたあたりから、体全体の不調や重要パーツである目や骨の劣化を感じる日々です。人類は進化するために老化という道を選んだと聞いたことがあります。つまり、一つの個体の寿命が数百年も続いてしまうと次の世代にしわ寄せが行って、種の存続が危うくなるというのです。環境に即して進化し、生存競争に勝ち抜いていかなければ絶滅してしまうというわけです。新しい生命(子ども)のために古い生命は老化し、死を迎えることになっているわけで、老化というのは種を存続させるための必須のプログラムだというのです。生物では、生殖という役目の終わり=生命の終わりといえますが、人間だけは例外で、大人になるまでの期間も長く寿命も長くなっています。もはや長生きだけでなく、最近世の中は男女問わず「アンチエイジング」です。いつまでもキレイで元気でいなくてはいけない強迫観念すら感じるほどですからね、気楽に歳もとれません、、。でもひょっとして、それって生物界のプロセスに反しているのではないでしょうか。次世代が早く成長するのを妨げているというか、ついでに中身も若いままの状態でいてしまい成熟した社会を築けてないというか、次世代すら生み出せていないというか。

人間にとって宿命とはいえ、老いることには恐怖があります。体の老化による喪失感もそうだし、高齢化に社会システムが追い付いていない不安もです。正しく成長し正しく次世代を育てて正しく歳を重ねて、正しく消えていくというのはもう難しいことなのでしょうか。より良い歳の取り方模索中です(すでに遅い説も…!?)